9月21日 雨 青山アン子は、加藤かおるに言いました。 バーカ、バーカ、あんたなんか、バーカ。 すると、加藤かおると木地かおると木地広康が怒りました。怒って、アッカンベーしました。よせ、よせ、もうよせよ、と、学のパパと御爺さんが言いました。 もお許せねーと、チビはとびけりをしました。それが人生というもんだ。セラビーだ。と、青山アン子のパパが静かに言いました。 ママは黙ってキッチンでひらめを焼いていました。 外は雨でした。ムクのごはんを近所のドラ猫がパクパク食べていました。 雀もいっぱい集まってムクのご飯を食べていました。 ♪敗戦終戦闘争紛争アンガージュマンはありやなしや 茫洋
♪音楽千夜一夜第98回
2005年7月18日にロイヤル・アルバートホールで行われた「プロムス05」のワーグナー上演のライブビデオです。プタシド・ゴミンドがはじめてプロムスに登場したことで話題になりましたが、そんなことより(この時点で)彼の衰えを知らない豊かな声量と巧みな歌いまわしに魅了されます。
そのドミンゴ扮するジークムントの恋人であり妹役のジークリンデには練達のメッゾ・ソプラノ、ヴァルトラウト・マイヤー、ウオータン役にはバスバリトンのブリン・ターフェル、表題役にはソプラノのリサ・ガスティーンという豪華な配役です。
そしてこれらベテラン揃いの充実した歌唱を、イタリア出身の指揮者アントニオ・パッパーノがじつに手際よく、パッパと引っ張っていきます。
59年生まれのパッパーノは、各地の歌劇場でコレペティトールをつとめ、大野和士の前にモネ劇場のシェフであり、バイロイトにはローエングリーンでデビューを飾った、いわばたたき上げのオペラ指揮者。初めは処女のごとく悠揚迫らぬテンポでオーケストラを歌わせ、半ばではワルキューレの女騎士たちを見事にうねらせ、終わりはワルハラの神殿を紅蓮の炎で燃えあがらせます。コンサート指揮者上がりの小沢某なぞには及びもつかぬ見事なテクニックといえましょう。だいたい歌手やオーケストラをやすんじてドライブさせえない人間がオペラハウスなぞに足を踏み入れてはいけないのです。
兄と妹の許されざる恋、そして父と娘の異常なまでの愛、そして神々の世界の崩壊という3つの主題をもつこの神聖な楽劇を、パッパーノとコヴェントガーデンのオーケストラは過不足なく表出していました。
この公演はコンサート形式で行われたのですが、当節の下らない演出を排し、ヴィーランド・ワーグナーの時代に先祖返りしたような単純で簡素な歌手たちの振舞いが、かえってこのオペラとワーグナーの音楽の本質を力強く闡明していたようでした。
♪あほばか指揮者と演出家よ去れ神聖なるオペラの殿堂から 茫洋
照る日曇る日第313回 1789年、フランス革命は成就したけれど、革命によって誕生した国民議会は、左・右・中間派に分かれて大混迷を続けています。 ジャコバンクラブを中心とした左派は、僧侶をバチカンではなく革命フランスの前に膝まずかせようとして強引にルイ16世を説き、「聖職者民事基本法」を通過させました。神父の献身の対象を神やローマ法王ではなく、フランス憲法と人民に置き換えようとしたのです。しかし全国で宣誓拒否僧が相次いで登場し、いまやフランス宗教界を二分する「シスマ」(教会分裂)が再現されようとしていました。 ここでなおも革命を推進しようとしたタレイランやロベスピエールの動きを抑えようとしたのが、他ならぬ「革命のライオン」、ミラボーでした。彼は国民の「亡命禁止法」にも反対し、左派のジャコバンクラブを骨抜きにして、ルイ16世をパリから退去させ、現議会の解散と新議会の召集をさえ図るのですが、1791年4月2日、持病が悪化して急死します。享年42歳でした。 ミラボーが、絶対の正義と、とことん純粋な民主主義を熱烈に志向する若きロベスピエールを死の床に呼び寄せ、暗に戒める名場面が本書の読みどころ。つねに清濁を併せ呑むこの巨漢が、苦しい息の下から、 「己が欲を持ち、持つことを自覚して恥じるからこそ、他人にも寛容になれるのだ。さもないと独裁者になるぞ。独裁というような冷酷な真似ができるのは、反対に自分に欲がないからだ。世のため、人のためだからこそ、躊躇なく人を殺せる。ひたすら正しくいるぶんには、なんら気も咎めないわけだからね」(ほぼ原文) と、懸命に説くのですが、その忠告は聞き届けられず、このあまりにも誠実で謹厳実直なモラリストは、ついにフランスの「第2のカルヴァン」になってしまうのです。 朝の8時に「友よ、私は今日死ぬ」と医師に告げて紙を所望し、8時半に右手にペンを握って「眠る」と書いて事切れたこの豪傑は、ロベスピエールなど数多くの革命家に比べてじつに幸福な死に方をしたものだ、と言わざるを得ません。 ♪今宵また「ねんねぐう」と呟きて即眠りゆくしあわせなるかな 茫洋
9月20日
緑豊かに風に乗って、光あふれる窓の外、
夢とちからをひとつに結び、
共に生き、共になやみ、
力あわせて進もうよ、我ら星の子、星の子学園。
心のどかに風に乗って、命かがやく惑星の彼方、
心とからだをひとつに結ぶ
共に泣き、共に笑い、
手をつないで進もうよ、我ら星の子、星の子学園
駄目、中田先生。ね、分かった? 横須賀、笑わないで。
バイバイ。使う。ちゃんと遣って。
泣いたら、休んでて、ちゃんと、して。
長島先生、悪かった。悪かった。悪かった。
ちゃんと遣るなら、ちゃんと、して、あげるから。
はさみで、遣っちゃ、危ないよ。
何でしょう?
緑豊かに風に乗って、光あふれる窓の外、
夢とちからを……
♪同じ演奏なのに何枚も買ってしまうマリアカラスのCD 茫洋
照る日曇る日第312回&♪音楽千夜一夜第97回
昨日の渋谷で思い出しましたが、カルロス・クライバーはよくお忍びで日本に来ていました。東京では渋谷のタワーレコードがお気に入りで、店員さんの話では、アメリカのBEL CANTO SOCIETYから発売されていた、彼がスカラ座のオケを振ってドミンゴ、フレーニが歌った「オテロ」の海賊盤のライブビデオを、なんと3本も買っていったそうです。
この公演は、私などはじつに素晴らしい演奏だと思うのですが、1976年12月7日の夜のミラノの聴衆は、そうは思わなかったとみえて猛烈な「ブー!」を浴びせかけ、2幕の冒頭では、さすがのクライバーも指揮棒を振りおろすのをためらうシーンもあります。
しかし4幕が終わってオテロが死ぬと、スカラ座の屋台骨を揺るがすような大歓声が沸き起こり、全盛時代のクライバーは、悪意ある3階立ち見席の敵対者を完膚無きまでにねじり伏せるのです。
その天才指揮者の微に入り細にわたる伝記が、半分だけですが、ついに公刊されました。
著者のヴェルナーさんがどういう方かは存じませんが、ともかく資料と取材源の豊富さには圧倒されます。
そして、いつもは誰にも優しく、しかしいったん指揮台に上るや別人に変身し、ある時は神のごとく地上を離脱し、またある時は悪魔のように怒り狂い、再現芸術の演奏に求められる最高の知性と教養と技術と霊感をそなえながら、音楽に対する理想が誰よりも高すぎたために、どんな拍手と喝采にも満足することができなかった、この不幸で、孤独な男の実像と虚像が赤裸々に描かれています。
本書が扱うのは彼の無名時代から、1976年ついにスターダムの頂上に達しながらバイロイト音楽祭の「トリスタンとイゾルデ」から突然降りところまで。偉大なる指揮者エーリヒや母ルースとの葛藤はじつに興味深いものがあります。
聞けば彼は、その長い下積み時代に、オペレッタ「ジプシー男爵」や「美しいエレーヌ」「メリーウイドー」、「ダフネ」「売られた花嫁」「ラ・ボエーム」「蝶々夫人」「リゴレット」「ドンジョバンニ」などの膨大なオペラ、「ウンディーネ」「コッペリア」「三角帽子」「くるみ割り人形」などのバレエ音楽を、すでに自家薬籠中のものとしていたそうです。
これらのレパートリーと合わせて、アルベン・バルクの「ヴォツエック」、ミケランジェリと共演したベートーヴェンの「皇帝」などの録音も、とうとうゆめ幻と消え去り、ついに音源化されることのなかったことを思うと、私たちが失ったものの大きさに今更ながら深いため息が出るのです。
♪よみがえれクライバー、霊界の騎士像に立ちて「ドンジョバンニ」を振れ! 茫洋
照る日曇る日第311回&♪音楽千夜一夜第96回
クライバーといえば、私はすぐに80年代の渋谷の坂上のシスコというCDショプを思い出します。ある日のこと、一人のサラリーマンの男性が「クラーバーのCDありませんか?」と店長に尋ねていました。
なんでも出張先のミュンヘンで、生まれてはじめてクラシックのコンサートに行ったらそれがあまりにも素晴らしかったので、「クラーバーとかいうその指揮者のCD」を買いに来たというのです。
私と店長は思わずためいきをついて、その男性の幸運と、クラッシックの門外漢をたちまち虜にしてしまうこの音楽家の真価を、改めて確認したことでした。
かくいう私は、残念ながらカルロス・クライバーのライブを見聞きしたことはありません。けれども、彼が遺した2種類のシュトラウスの「薔薇の騎士」、もう一人のシュトラウスの喜歌劇「こうもり」、ロイヤル・コンセルトヘボウと入れたベートーヴェンの交響曲の4番と7番、バイエルン国立の「椿姫」、モーツアルトとブラームスの交響曲、シュターツカペレ・ドレスデンと入れたウエバーの「魔弾の射手」とワーグナーの「トリスタンとイゾルデ」、スカラ座の「オテロ」などのCDやビデオから受けた驚きと感動は、凡庸な凡百の指揮者のそれとはまったく次元の異なる種類のものでした。
また彼が、若き日に南西ドイツ放送交響楽団と作った「こうもり」と「魔弾の射手」の2つの序曲の公開練習のビデオのすごかったこと! ここには彼の光彩陸離とした指揮術の魔法の秘密のすべてが、をものの見事に記録されています。
彼の音楽の素晴らしさは、「こうもり」の序曲の最初の終楽章を聞けば、どんなロバの耳にも明らかでしょう。指揮棒を一閃するや否や、シャンパンがはじけたように一気に解き放たれる恐るべき昂揚と爆発的な推進力。私たちの心臓は音楽の神様にわしづかみされ、魂魄は宇宙の彼方にぶっ飛ばされてしまいます。
「これが音楽なんだ。これが生きるよろこびなのだ。神様仏様、どうかこの音楽と共にある自分が永久に続くように!」
と私たちが祈らずにはいられない種類の音楽を、この男は、いなこの男だけが、ものの見事にやってのけたのです。もちろんその命を賭した大胆な跳躍が、あえなく潰えた無惨な夜も、いくたびかはあったとはいえ。
げにカルロス・クライバーこそは、音楽に霊感を吹き込み、私たちの人生を震撼させるほとんど唯一無二の音楽家でした。
♪エーリッヒのトラウマなかりせば聴けたであろうに「フィガロの結婚」茫洋
♪ある晴れた日に 第68回
風に縋れ食草求む黄蝶かな
上野介の首が落ちたるさざれ石
晴朗な魂の頬笑みを隠す黒き雲
霧の奥から現れ出たるは永遠
弦と弦つま弾くギターのおぞましき
テレビ見つつ頷く妻の好ましや
電話しつつお辞儀する妻の好ましや
仁義なき花盗人を憎みけり
ジンジャーの白い花を見ている私かな
アズディン・アライアの黒のミニから柔らかな2本の脚がくねくねと降りてきた
男たちの挽歌どころか己の挽歌を歌うのか疲弊したジョン・ウーよ
あのこ可愛いや死んでもいいよグサリ突き刺す心の臓
あなうれしCD1万円注文す2カ月ぶりに発注ありし夜
われ描くゆえに都市ありカルヴィーノ語りき
せめてあと20年あらばさぞや傑作が生まれたろう人情紙風船のごとし
エカテリナの抱擁リンカンの分厚い掌漁夫の見し夢のまた夢
君知るや幕末の巨大機械平成の御代になおも駆動するを
小松菜をおろぬこうかと尋ねたる愛しき人よおろぬき給え
小松菜をおろぬこうかと我に聞く愛しき人よおろぬき給え
弦と弦乾いた爪が震わせるギターほどおぞましき音はなし
オオフロイデとドイツ語で歌わない限りわれは第9演奏会をボイコットすべし
束の間の命の限りを文芸に捧げつくせり小西甚一
ただ一日で他の男に乗り換える今も昔もコシ・ファン・トゥッテ
満月の星空に響くあのアリア夜の女王はそも何者
ぽんぽこというマイミクさん今頃どうしているのやら
南風吹かば思いは常に立ち返るわれらの故里常夏の国
いまいちどカザルスの「鳥の歌」聴きたしと横須賀の海岸をさまよう夜
ダイエーの500m先に潜水艦浮かぶ横須賀に驚かぬ人
くださいください芥川賞そんな恥ずかしい手紙をよくも書いたもんだ
ヘプバーンもペックもワイラーも死にたれど「ローマの休日」は永遠に残らむ
世界中のマグロの8割食らい尽くす我ら強欲日本人
♪汝エコノミーよどこまでも沈み行けわが憂鬱よりも奥深く
バガテルop115&ふぁっちょん幻論第53回
昨日だか一昨日だかの新聞の短信で、鳩山内閣の北沢防衛大臣が、「軍服を外国から調達しているような国はない」と文句を言っていたようです。
うろ覚えで申し訳ないのですが、例の仕分け人たちが、防衛予算のうち軍服の国産経費が高すぎるので、海外調達にせよと仕分けしたことへの感情的な反発のようでした。
恐らく彼は国防の最前線に立つ自衛隊員の衣服を外国製にすれば、皮膚の外部から夷狄・毛唐の不純な血が混じり、純乎たる愛国の精神が汚染されるとでも思ったのではないでしょうか。
考えてみれば、自国防衛の大半を外国の核兵器と軍備に依存しているこの国で、軍服だけを国産にしてみたところでいったい何が変わるというのでしょう。防衛予算が足らなければ、横須賀や舞鶴に係留してある不要不急のイージス艦を、楽天かヤフーのオークションにかければ、まるで打出の小槌のように現金化できるはず。あどけない寝言をいうのはやめてほしいものです。
ところでいまや軍服はもとより、世界のお洋服は、自動車と同様どこの国に行っても「純国産」などは天然記念物&世界遺産の範疇に属し、ギャップもH&Mもユニクロもアフガニスタンのカルザイ大統領が大好きな名だたるラグジュアリーブランドも、その縫製はほとんど中欧やアジアの発展途上国に外注しています。そうでないと産業として生き延びる道がないからです。
数年前にイトーヨーカ堂が北朝鮮で縫製した超安価なスーツを、わが国の最底辺でのたうつ超ビンボー・リーマンは、いまだに愛着していることを、私だけは知っています。
縫製はベトナムやバングラディシュ、カンボジアにまかせ、デザインだけは実力のあるデザイナーに外注すれば、いまの予算の半分以下でユニクロの「+j」に負けない、安くてかっこいい軍服ができるでしょう。戦争と軍隊を憎むイデオロギーは別にして。
そもそも軍服は、ファッションの原点でした。バーバリーやアクアスキュータムのコートも、第1次大戦の英国陸軍の塹壕戦から誕生したのです。北沢防衛大臣さえ決心すれば、経営破綻に陥って苦悩しているわが国のトップデザイナー山本耀司氏などを起用して、
世界に冠たる「メード・イン・ワールドの軍服」が誕生するかもしれません。戦争と軍隊を憎むイデオロギーは別にして。
♪小松菜をおろぬこうかと我に聞く愛しき人よおろぬき給え 茫洋
バガテルop115
青白い花が近所の草むらに咲いていました。
とても珍しい可憐な花です。私が写真を撮っていると、通りがかりのハイカーも数人立ち止まり、
「トリカブトに似ていますね」
「いや、あれは夏の花だからね」
「それでは、いったい何の花でしょう?」
「らんらんランラン蘭の花? あなたのお名前なんていうの?」
なぞと喃喃喋喋、丁丁発止と楽しくおしゃべりしたのが昨日の午後のこと。
今朝早速もう一度撮影しようと現場を訪れましたら、影も形もありません。
気をつけてよくよく探してみたら、花があったと思しきあたりに、ぽっかり開いた黒土の穴。一昼夜の間に花盗人が鼠小僧のやうにやってきたのでせう。
無残に花を散らし、風と共に去りぬ。油断も隙もあったものではないわいな。
どうにも風流を解さぬ世の中になり果てたものです。
♪仁義なき花盗人を憎みけり 茫洋
遥かな昔、遠い所で 第86回
久しぶりに大学生の次男が帰宅して家族四人で食卓を囲んだ。
生まれた時から障碍のある長男のKが「Kちゃん、いい子? Kちゃん、いい子?」と何回も聞く。この問いかけにうんうんと肯定してやると、彼は深く安心するのである。
はじめのうちは「Kちゃん、いい子だよ」と答えていた私たちだったが、こんなくだらない問答を早く切り上げて食事に取り掛かろうとして、軽い気持ちで「Kちゃん、悪い子だよ」と私が言ってしまった。
えっ!と驚いたKの反応が面白かったので、次男もふざけて「Kちゃん、悪い子だよ」と言った。妻までも笑いながら「Kちゃん、悪い子」と言ってしまった。
長男はしばらく三人の顔を代わる代わる見つめていたが、やがてこれまで見たこともないような真剣な顔つきで「Kちゃん、悪い子?」とおずおず尋ねた。
調子に乗った私たちが、声を揃えて「Kちゃん、悪い子!」と答えたその時だった。突然彼の両頬から大粒の涙がまるでロタ島の驟雨のようにテーブルクロスの上におびただしく流れ落ちた。
それは真夏の正午だった。セミの声がみな死んだ。
私たちは息をのんでその涙を見つめていた。そうして無知で傲慢で無神経な大人がこの恐ろしく繊細な魂を傷つけてしまったことを激しく後悔したのであった。
♪霧の奥から現れ出たるは永遠 茫洋
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